平成25年の新年号に宝塚のミニコミ紙「てくてく」の第一面で新田さんご夫妻の作品が紹介された。(書は奥様の作品) 記事の内容は以下のとおり。 無名塾 編集子
「木に宿る仏を彫り出す」・・・ 夢を叶えて
新田将則さんは昭和8年生まれ、今年80歳になる。幼い頃から木彫りが大好きで自分の干支であるトリが古木に止まっている様子を50羽ほど彫り、床の間に飾ったりしていた。
自宅から14kmの私立中学校まで3時間かけて通っていた2年生の時、「彫刻家になりたい」と家族に相談すると、たまたま近所に疎開している著名な彫刻家に弟子入りさせるため母親が早々に退学届を出してしまった。しかし願いは叶わず表具屋に丁稚奉公へ。店に持ち込まれる横山大観らの掛け軸を模写したり、紙を切る刃物研ぎなどで今の素地ができあがった。
その後、高校、大学へと進み商社マンになった。65歳で退職したのを機に、好きな木彫りを本格的に始める。「陶芸も考えたが作品の重さで家が傾くのではと諦めた。」とお茶目な一面も。
「難しいけれど仏像が好き。約束事が多いため先生についてます。良寛さんを彫る時はお坊さんに衣を着てもらい写生した」という凝りよう。出来上がった仏像にお坊さんが魂を入れようと言うのを断った。「自分が死んだ後、むやみに焼けないと残った者が思うし、好きな仏像はお棺に入れて持って行きたい」と。
同居していた孫がJR脱線事故に遭い、治癒を願い1年4カ月かけ心をこめて彫った如来さま。光背は糸鋸でミリ単位に切っていった。努力と根気、熱意なくしては完成されない代物。
材料はヒノキの白木なので日焼けしないよう手作りした箱に収納し、作品たちを大切に保管している。
コメントをお書きください
admin (木曜日, 21 4月 2022 04:05)
1
admin (木曜日, 21 4月 2022 04:07)
1